2011年 07月 28日
日本のコンサートホール |
お暑い毎日ですが、皆様お元気でいらっしゃいますか?
私の方は、2週間ほど前に日本へ帰国して慌しい日々を過ごしております。
慌しいと言ってもそれは完全な充電タイム。腱鞘炎治療で整体や鍼に通ったり、歯の治療、友達に会ったり、楽器屋巡りなどなど。コンサートにも3回行きました。海外に住むようになってからは、日本でのコンサートにはほとんどと言うより全く行かなくなってしまったので、私にとっては珍しい発見が多々ありました。
一番びっくりしたことはコンサート会場の明るさ。奏者が舞台に出てくる前に舞台のライトがパーっとつき、客席の明かりが落ちて奏者を迎えると言うのは世界中どこでも同じですが、客席の明かりの落ち方がヨーロッパでは真っ暗になるのに対し、日本はかなり明るい。きっと演奏中もプログラムが読めるための配慮なのでしょうが、それに加え非常口のランプが煌々としているので舞台との明るさの対比があまりないように感じてしまいます。
客席が真っ暗になると、それだけでちょっと不安な気持ちと日常から離れた世界へ連れて行ってくれるのではと言う期待感が膨らみ、高揚した所で奏者を迎えられるのですが、客席がこれだけ明るいとあまり気持ちも高まらないまま演奏が始まり…となってしまいます。
おまけに真っ暗だと舞台と自分の距離感が近く感じられ、目の前の人くらいは視界に入るけれど、それから舞台までに座っている数列の人と言うのは、完全に見えないで済むのです。しかし日本ではこれだけ明るい為に客席の様子が嫌でも目に入ってしまう。
1曲目が始まった途端に船を漕ぐように熟睡している人、舞台を食い入るように見ている人、プログラムから目を離さず舞台を見ていない人など、色々な人が視界に飛び込んできて自分と舞台が一体化する感じはまるで得られません。
あともう一つは客席のゆったり感。列と列の間がとても広く、座っていても前に人が通れるゆったり感が新鮮な驚きでした。私の様な足が短い人間でも膝頭が前の人の席につきそうなほど狭いヨーロッパの客席では、人が通る時は必ず立ち上がらなければどんなに細い人でも通ることはできません。それなのに日本の客席は足が伸ばせてしまうほどゆったりできます。
観客に対する配慮が完璧な日本の音楽会。しかし完璧すぎて付け入る隙がないように感じて、何か身近に感じられません。
私の方は、2週間ほど前に日本へ帰国して慌しい日々を過ごしております。
慌しいと言ってもそれは完全な充電タイム。腱鞘炎治療で整体や鍼に通ったり、歯の治療、友達に会ったり、楽器屋巡りなどなど。コンサートにも3回行きました。海外に住むようになってからは、日本でのコンサートにはほとんどと言うより全く行かなくなってしまったので、私にとっては珍しい発見が多々ありました。
一番びっくりしたことはコンサート会場の明るさ。奏者が舞台に出てくる前に舞台のライトがパーっとつき、客席の明かりが落ちて奏者を迎えると言うのは世界中どこでも同じですが、客席の明かりの落ち方がヨーロッパでは真っ暗になるのに対し、日本はかなり明るい。きっと演奏中もプログラムが読めるための配慮なのでしょうが、それに加え非常口のランプが煌々としているので舞台との明るさの対比があまりないように感じてしまいます。
客席が真っ暗になると、それだけでちょっと不安な気持ちと日常から離れた世界へ連れて行ってくれるのではと言う期待感が膨らみ、高揚した所で奏者を迎えられるのですが、客席がこれだけ明るいとあまり気持ちも高まらないまま演奏が始まり…となってしまいます。
おまけに真っ暗だと舞台と自分の距離感が近く感じられ、目の前の人くらいは視界に入るけれど、それから舞台までに座っている数列の人と言うのは、完全に見えないで済むのです。しかし日本ではこれだけ明るい為に客席の様子が嫌でも目に入ってしまう。
1曲目が始まった途端に船を漕ぐように熟睡している人、舞台を食い入るように見ている人、プログラムから目を離さず舞台を見ていない人など、色々な人が視界に飛び込んできて自分と舞台が一体化する感じはまるで得られません。
あともう一つは客席のゆったり感。列と列の間がとても広く、座っていても前に人が通れるゆったり感が新鮮な驚きでした。私の様な足が短い人間でも膝頭が前の人の席につきそうなほど狭いヨーロッパの客席では、人が通る時は必ず立ち上がらなければどんなに細い人でも通ることはできません。それなのに日本の客席は足が伸ばせてしまうほどゆったりできます。
観客に対する配慮が完璧な日本の音楽会。しかし完璧すぎて付け入る隙がないように感じて、何か身近に感じられません。
by lisa_oshima
| 2011-07-28 11:27
| エトセトラ